東京高等裁判所 昭和26年(ナ)17号 判決
原告 塙修
被告 埼玉県選挙管理委員会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告が昭和二十六年六月八日なした原告の訴願を却下する旨の裁決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として陳述した事実の要領は、
「訴外高野三郎、関根利雄、福田文雄、黒田長次郎、小島喜久寿、池田守一、広瀬世高、斎藤鉄郎、沢田広の九名は、いずれも日本国有鉄道の職員であつて、昭和二十六年四月二十三日執行の大宮市会議員選挙において当選人となつた者であるが、日本国有鉄道法第二十六条第二項によれば、日本国有鉄道の職員と地方公共団体の議会の議員とは兼ねることができないので、同人等は、公職選挙法第百三条第一項の規定により、当選の告知を受けた昭和二十六年四月二十五日から五日以内にその職を辞した旨の届出をなすことを要するにかかわらず、右期間内にこれが届出をなさなかつたので、その当選を失うにいたつた。しかるに、大宮市選挙管理委員会は、同月二十六日同人等に対し当選証書を交付した儘、依然同人等を当選人として取り扱い、その資格喪失に伴うなんらの措置を講じないので、原告は、右選挙における選挙人として、右大宮市選挙管理委員会の処置を不当とし、同年五月四日同選挙管理委員会に対し右九名の当選の効力に関し異議の申立をなしたところ、同委員会は、同月十五日日本国有鉄道法第十二条及び第二十六条の不備欠陥は認めるが、本件の場合は公職選挙法第百三条に該当するものと認むべきでないというまことに根拠薄弱な理由の下に原告の異議申立を却下する旨の決定をなしたので、原告は、さらに同月十八日被告に対し訴願をなしたところ、被告は、同年六月八日右訴願は日本国有鉄道法の一部を改正する法律(昭和二十六年法律第百八十九号)の施行により訴願の利益がないものであるから却下する旨の裁決をなし、原告は、同日右裁決書の謄本の送達を受けた。なる程選挙当時の日本国有鉄道法第二十六条第二項には、「第十二条第二項第三号に該当する者は、職員であることができない。」とあり、その引用された同法第十二条第二項には号の定めすらなく、全然意味の異なる事項が規定されていることは事実であるが、これは、昭和二十五年十二月二十六日附法務府法意一発第一〇七号日本国有鉄道法第二十六条第二項の解釈についてと題する法制意見長官の運輸省鉄道監督局長あて回答(甲第七号証)にもあるとおり、同法が運輸省設置法及び日本国有鉄道法の一部を改正する法律(昭和二十五年法律第百五十九号)第二条によつて一部改正せられた際、第二十六条につき所要の字句上の整理がなされなかつたことによるものであつて、第二十六条第二項中「第十二条第二項第三号に該当する者」とあるは「第十二条第四項第三号に該当する者」の意味であることは、沿革上から見ても実質上から見ても何人も容易にこれを判断しうるところであり、従つて日本国有鉄道の職員と地方公共団体の議会の議員とは兼ねることができないものと解するのが相当であつて、徒らに文字の末に拘泥して反対に解釈するのは、第二十六条第二項をして空文におわらせるものというの外ない。この解釈はその後第二十六条第二項の字句上の整理が正誤の手続によらないで法律の一部改正の形式で行われたからといつて、なんらかわるところはない。実質的になんら内容の変更がないのにかかわらず、法条整理のため法律改正が行われることはしばしばある事例であるからである。これを要するに、日本国有鉄道の職員と地方公共団体の議会の議員とは兼ねることができるとの大宮市選挙管理委員会の見解は、不当であつて、到底賛成することができない。次に、被告は、日本国有鉄道法の一部を改正する法律(昭和二十六年法律第百八十九号)附則第二項第三項を引用して原告の訴願を利益なしと裁決したが、右改正法の公布施行されたのは昭和二十六年六月一日であつて、右施行当時において本件九名は既に当選を失い、現に議員でもなく当選人でもなかつたのであるから、右附則第二項第三項の規定は本件になんら影響を及ぼすものでない。もしそれ右附則第二項第三項を失格者の復活をはかつてこれに当選の効力を附与し、又は選挙の時にさかのぼつて日本国有鉄道の職員に対し、新たに当選の資格を附与せんとする規定であると解するならば、それは失格によつて次に当選の資格を得べき者の権利を害するものであつて、憲法に違反する無効の規定であると断ぜざるを得ない。いずれにしても被告の右見解は不当であり本件裁決は違法であつて、到底承服することができないから、ここに本訴を提起しこれが取消を求める。」というにある。(証拠省略)
被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、
「原告主張の事実関係はすべてこれを認めるが、改正前の日本国有鉄道法第二十六条第二項は、原告主張のように日本国有鉄道の職員と地方公共団体の議会の議員とを兼ねることを禁止したものでなく、従つて本件選挙において高野三郎外八名が法定期間内に日本国有鉄道の職員を辞した旨の届出をなさなかつたからといつて、同人等はこれによりその当選を失うことはない。なる程、右規定の趣旨が明確をかくことは事実であるが、自由の制限に関する規定は狭義に解すべきものであつて、全国選挙管理委員会においても、同趣旨の下に、日本国有鉄道の職員と地方公共団体の議会の議員との兼職は差し支えないものとして取り扱うよう各都道府県選挙管理委員会に通達し、被告においても管下各市町村選挙管理委員会に対しその旨通達した。それで、大宮市選挙管理委員会は、この趣旨に則つて原告の異議申立を却下する旨の決定をなしたのである。次に被告は、原告の訴願審理中、昭和二十六年六月一日、日本国有鉄道法の一部を改正する法律(昭和二十六年法律第百八十九号)が公布施行せられ、その附則第二項には、「この法律施行の際日本国有鉄道の職員であつて、運輸省設置法及び日本国有鉄道法の一部を改正する法律(昭和二十五年法律第百五十九号)の施行の日(昭和二十五年五月十日)以後に行われた選挙によつて市(特別区を含む。)の議会の議員となり、現にその議員であるものは、第二十六条第二項の改正規定にかかわらず、その任期中は、引き続きその議員であることができる。」とあり、同第三項には、「前項の日以後に行われた地方公共団体の議会の議員の選挙の際日本国有鉄道の職員であつて、当該選挙において当選人となつたものについては、改正前の第二十六条第二項の規定は、その者が当選人であること、議員であること及び日本国有鉄道の職員であることになんらの影響を及ぼすものでない。」とあるので、従前の第二十六条第二項の解釈は別として、右附則第二、三項により、大宮市会議員に当選し現在その議員となつている高野三郎外八名は、その任期中は、当然国鉄職員との兼職は法律上差し支えなく、又改正前の第二十六条第二項の規定は、同人等が議員であること又は国鉄職員であることになんら影響を及ぼすものではないから、原告の訴願はその利益なしとして却下したのである、同人等が右改正法施行当時既に議員たる資格を失つていたとの原告の主張には反対する。仮りに同人等が公職選挙法第百三条第一項によりその当選を失うべきものであつたとしても、現に当選人として告知せられ、当選証書を附与せられたものであるから、地方自治法第百二十八条によりその当選の効力に関する異議の申立、訴願若しくは訴に対する決定、裁決若しくは判決においてその当選が無効とせられ、それが確定するまでは、その職を失うことなく、従つて、右改正法施行当時、現に大宮市会議員であつたものというべきである。又原告は、右改正法附則第二、三項の規定は失格によつて、次に当選の資格を得べき者の権利を害するものであつて憲法に違反する無効の規定であると主張するが、右権利とは結局期待権程度にすぎず、法律が既に全国的に議員の職を得ている国鉄職員の既得権を尊重してその任期中差し支えなしと規定したことの方がはるかに憲法の精神に合致するものといわなければならないと解する。以上のような次第で、被告のなした裁決には少しも原告主張のような違法な点はない。」と陳述した。(証拠省略)
三、理 由
原告主張の事実関係はすべて当事者間に争のないところである。問題は本件選挙当時行われていた改正前の日本国有鉄道法第二十六条第二項の規定は果して日本国有鉄道の職員と地方公共団体の議会の議員と兼ねることを禁止したものであるかどうか、又、昭和二十六年六月一日公布施行せられた日本国有鉄道法の一部を改正する法律(昭和二十六年法律第百八十九号)附則第二項第三項はいかなる趣旨の規定であるか、そして原告の主張するように憲法に違反する無効のものであるかどうかにある。
これ等の問題は、すべて改正前の日本国有鉄道法第二十六条第二項の規定が明瞭をかくことに基因する。これを字句の上から見るならば、その引用された同法第十二条第二項の規定と照し合せて意味の通らないことになる。これは全く原告のいうとおり、同法が昭和二十五年五月十日運輸省設置法及び日本国有鉄道法の一部を改正する法律(昭和二十五年法律第百五十九号)第二条によつて一部改正せられた際、第十二条に新たに第二項第三項がさし入れられ、従前の第二項が第四項にくり下つたにかかわらず、第二十六条につき、これに伴う字句上の整理がなされなかつたためで、全く立法上の手落ということができよう。そこで第二十六条第二項の解釈をめぐつて二の説が対立することになる。一は字句の上から見て、それがたとえ立法上の手落にしろ、日本国有鉄道の職員と地方公共団体の議会の議員との兼職が明文を以て禁止されてない以上、自由の制限に関する規定は狭義に解するを至当とするから、兼職差し支えなしとするものであり、他は、立法上の手落にかかわらず第二十六条第二項中「第十二条第二項第三号に該当する者」とあるは「第十二条第四項第三号に該当する者」の意味であることは、沿革上から見ても実質上から見ても、何人も容易にこれを判断しうるところであるから、すべからく立法者の意思を忖度しこれを兼職禁止の規定と解すべきであるとなすものである。本件において、若し前の説をとるならば、公職選挙法第百三条第一項の規定は適用なく、従つて高野三郎外八名はその当選を失わないことになり、後の説に従うならば、反対に同人等は所定の期間内に日本国有鉄道の職員を辞した旨の届出をなさなかつたのであるから、その当選を失つたことになる。大宮市選挙管理委員会は前の説をとり、右九名の当選の効力に関する原告の異議の申立を却下したのであるが、被告においてこれが訴願審理中、昭和二十六年六月一日日本国有鉄道法の一部を改正する法律(昭和二十六年法律第百八十九号)が公布施行せられ、第二十六条第二項中「第十二条第二項第三号に該当する者」を「第十二条第四項第三号に該当する者(町村の議会の議員である者を除く。)」に改めるとともに、その附則第二項第三項において被告引用のように規定し、さらに附則第四項においてこの法律施行の際日本国有鉄道の職員であつて現に都道府県の議会の議員であるものの取扱について規定したのであるが、右改正の趣旨は、日本国有鉄道の職員と都道府県及び市(特別区を含む。)の議会の議員とは兼ねることができないものとして従前明瞭をかいた第二十六条第二項の意味を明確ならしめると同時に、意味不明となつたのは、昭和二十五年法律第百五十九号の施行の日以後であるから、右施行の日である同年五月十日以後に行われた地方公共団体の議会の議員の選挙の際日本国有鉄道の職員であつて、当該選挙において当選人となつたものについては、改正前の第二十六条第二項の規定は、その者が当選人であること、議員であること及び日本国有鉄道の職員であることになんらの影響を及ぼすものでないとして、(附則第三項)改正前の第二十六条第二項の解釈をめぐる論争を立法的に解決して争の根をたつとともに、市及び都道府県の議会の議員については、同条項の改正規定により兼職禁止となつたので、現にその議員であるものの取扱について附則第二、四項を設け、現に市の議会の議員であるものは、右改正規定にかかわらず、その任期中は、引き続きその議員であることができるとしたものであつて、(附則第二項)現にその議員であるものとは、現に議員としての資格を有するものをいい、たとえその者の当選の効力に関し争訟中であつても、地方自治法第百二十八条により右争訟に対する決定、裁決若しくは判決が確定するまではその職を失わないものであるから、これら争訟中のものをも含むことは当然である。原告は、この点に関し、右改正規定施行前公職選挙法第百三条第一項により既にその当選を失つたものは右附則第二項にいう現に議員であるものということができないと主張するが、なる程、その当選を失つたかどうかの争は、純粋の当選の効力に関する争訟ではなく、或は資格に関する争訟であるかも知れないのであるが、当選の効力が法定条件にかかつているという考え方もでき、かたがた通常の当選訴訟と取扱を異にする必要もないので、法律は、この場合でもなお当選訴訟の手続によらしむべきものとしたのであつて、この趣旨は公職選挙法第二百八条第一項の規定の趣旨からもうかがわれるのである。従つてその当選を失つたかどうかについて争訟中である限り、その者についても地方自治法第百二十八条の適用がある訳で、若しこのように解さなければ、その者が会議に参加した場合その会議の効力等に関し収拾すべからざる困難を生ずるであろう。次に原告は、右附則第二項第三項の規定は失格によつて次に当選の資格を得べき者の権利を害するものであつて憲法に違反する無効の規定であると主張するが、これは、右附則第三項が改正前の日本国有鉄道法第二十六条第二項の解釈をめぐる論争を立法的に解決したものであることに思いをいたさないで、徒らに自説に執するものであつて、このように立法的に解決することは、少しも憲法に違反するものでなく、反対に、改正前の第二十六条第二項の規定は日本国有鉄道の職員と地方公共団体の議会の議員との兼職を禁止したものでないということを有権的に確認したものということもできよう。
右附則第二項第三項の趣旨が右のとおりであるとするならば、本件において、高野三郎外八名は、現に日本国有鉄道の職員であるけれども、その任期中は、引き続き大宮市会議員であることができるのであるから、原告はもはやその主張するような理由を以つてしては、右九名の議員たる資格を争うことができないものというべく、被告が訴願の利益なしとして原告の訴願を却下したのは、その用語の当否は別として正当といわなければならぬ。
よつて、原告の請求を棄却すべきものとし、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決した。
(裁判官 大江保直 梅原松次郎 奥野利一)